会期:2009.1.23(金)—1.26(月) 9:00—18:00
会場:KABEGIWA(武蔵野美術大学内 2号館305教室)
美術と私たちが実際に生活している社会との間に大きな隔たりが感じられる日本において、増本泰斗は、自らの表現を日常とは別の次元へと昇華することなく、あくまで日常生活の中で見られるようなワンシーンから社会の構造を見ようとしている。
展覧会タイトルにもなっている「世界」は、現在増本が取り組んでいる一連の映像作品のタイトルでもある。ポルトガル語やアラビア語といった外国語で書かれたレシピをその言語を全く解さない人に渡し、あらかじめ用意された材料を手がかりに料理を作ってもらい、カメラは観察者としてその過程を記録し続ける。数字以外はまったく意味がわからない状況に追い込まれながらも、それぞれが思い思いに料理を作っていく。出来上がった料理を見ることはできないので、それが合っているのかどうかはわからないのだが、ここではレシピの指示どおりに料理が完成したかどうかは問題ではない。理解できない言語で書かれたレシピを渡された人間が、その状況下でどのようにそれと向き合い、行動するかが重要なのだ。その証拠に増本のカメラは、料理を作っている人の手元をまったく追ってはおらず、少しひいた定点からその人の行動をしっかりと捉えている。もちろんいい加減な解釈による間違いやズレは出てくる。しかし、最後にはどんな形であれ料理は完成する。そもそも他者とのコミュニケーションにおいて相手のことを完全に理解することなんて不可能なことである。たとえわかり合えていると思えても、両者の間には多かれ少なかれズレが生じている。むしろ他者のことをちゃんと理解しているという幻想は相手にとってある種の暴力性を孕むことさえあるのだ。
外国語で書かれたレシピと向き合う人間のふるまいや会話、そしてそこから生まれるズレの積み重ね。増本はこの日常レベルで展開されるドラマの中に現在の世界のあり様を見ているのではないだろうか。
(吉﨑和彦/東京都現代美術館学芸員)